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秘苑


1997年12月にユネスコ世界文化遺産に登録され、韓国を代表する宮殿となりました。


宙合楼は後苑の中でも最も中心的な場所で、休息だけではなく学問と教育をしていた比較的に公開された場所であります。


日帝時代に総督の伊藤博文は王室図書館である 宙合楼、奎章閣一帯を宴会の場所に変え、 奎章閣の諸本は総督府を経て京城帝国大学(現ソウル大学)に移しました。


宙合楼の真正面にある300坪の四角形の池である芙蓉池にある松の木がとても綺麗です。


芙蓉亭は芙蓉池を眺め、向こうの魚水門、宙合楼、奎章閣を鑑賞できる美しい洗練された韓屋であります。


魚水門は宙合楼、奎章閣に出入りが出来る通用門で“魚は水を離れては生きられない”と言う故事から統治者はいつも民のことを考えなさいという教訓がこめられた門です。


600年前より使ってきた井戸の姿は昔のままで、後苑の歴史が刻んでいるような気もします。


暎花堂は王様が臣下だちのご苦労を慰めるために宴会を開いた場所です。今の 暎花堂の扁額は英祖大王の親筆(1754年)です。


暎花堂の屋根と塀、緑が作り出す景色がとても綺麗です。


暎花堂の前にある昔の日時計を復元した物です。


金馬門は倚斗閤と愛蓮池に出入りする門です。8間の小さな書斎で丹青も施されてないとても素朴な建物です。


不老門と言うこの門を通ると老けないと言う話が伝わっている門で何回も通る人も居るんだそうです。


愛蓮池が眺められる倚斗閤は小さな書斎でした。粛宗は“私が蓮の花を愛するのは汚いところにあっても清くて美しい強さを秘めながら世俗に染まらない君子の姿と似ているからだ”と語ったそうです。


倚斗閤と愛蓮池を反対側で撮りました写真です。観光地には見えない美しさが感動でした。


演慶堂の出入門で1828年に創建された士大夫(貴族)の屋敷に倣って作った朝鮮後期の接見室でした。


演慶堂の純祖の子、考明世子が母である純元王后の40才の誕生日を祝って進爵禮を開いた場所です。緑に囲まれている素朴な建物がとても安らかです。


士大夫の屋敷が99間で規模が制限されていたのに比べ、この演慶堂は120間もあります。白い韓紙を塗った扉を開くと風通しがよく、外の景色を十分に借景出来る効率高い韓屋です。


演慶堂の後ろ側の塀と建物。


演慶堂は韓屋精髄です。


後ろから見下ろした 演慶堂の姿も自然との調和が極めて美しい風景です。


演慶堂のエリアの高台にある濃繍亭は鷹が羽を伸ばしているようなすらっとした姿がとても美しいです。


勝在亭は19世紀後半に立てられた森の中にある方形の屋根のすっきりとした姿が美しいです。


1644年に建てられた 尊徳亭は二重の屋根と二重の柱となっています。外側の屋根を支える柱は太い柱一つを立てる代わりに細い柱を三つ立ててあるのが特徴です。


この美しい橋の南側に時間を計る日時計が作られていたそうです。


玉流川の方から振り返った尊徳亭と森が綺麗です。


小さな田がある清漪亭はわらで屋根を葺いた東屋です。農業を大事に思っていたことが分かります。


逍逄亭など小さな規模の東屋をあっちこっちに立てたのですが東闙図に依れば16軒もあったそうです。